記憶

 小学6年生を頭に、四人の子供たちが賑やかに出掛けていく。それを見送って辰江は声を張り上げた。

「あんまり遠くへ行くんじゃないよ!」

 老齢とは思えぬよく通る声を聞いて、今日も元気だとほっと胸を撫で下ろす。

「青嗣はいい兄貴だな。今のところは年少組みの世話係だが」

 孫たちが出かけて行った方を目を細めて眺め、笑みを浮かべて話しかける夫に、辰江は腰に両手を当てて振り返った。

「まだまだ子供だ。やんちゃ盛りを押さえ込んで弟たちの世話を焼いて……いつかそれが裏目にでやしないかねぇ」

「俺たちが出来るだけ長生きして、あいつらを見守ってやればいいんだ」

「そりゃ……そうなんだけどねぇ」

 ふと上を見上げた辰江とそこで目があった。

「――そんな所にいたのかい。降りておいで、環子」

 見つかってしまったので、降りていかなくてはならない。

 いつもこっそり様子を窺っているのを迷惑に思っていないだろうか。そんな心配を、この老夫婦は笑顔で吹き飛ばしてくれる。

「まったく、毎度いつの間にかそこにいるんだからねぇ。毎回言ってるが、遠慮なく声をかけてくれりゃあいいんだよ」

「でも……あの子たちと会ってしまうから」

「おやおや、あの子達が嫌いなのかい?」

 環子は首を振る。うまく言い表せないが、なんとなく避けてきたのだ。そんな時――

「こりゃあちょうどいい。朱李――」

 一人だけ家に引き返してきた次男坊を、辰江は手招きした。環子はとっさに彼女の影に隠れる。

「どうしたんだい?」

「真白の帽子を忘れたから……」

 取りに戻ったらしい。隠れた環子に気づいて、祖母を見上げる。

「だれ?」

「環子というんだよ。そういえばお前たち、年も近いね」

 環子を引っ張り出して、辰江は二人を並ばせ、手を打って微笑んだ。

「二人ともきれいな顔立ちをしているし、並ぶとお雛様みたいだねぇ」

「ああ、本当だ」

 彼女の夫も、目を細めて笑った。

 確かに女の子みたいな朱李は、とてもきれいな顔かたちをしていた。

「――朱李、環子を一緒に連れて行って遊んでおくれ」

 朱李は祖母を、次いで環子を見た。

 いきなりそんなことを言われて、はらはらしていると、

「うん――行こう」

 人見知りのきらいがある朱李が、屈託なく環子の手を取ったことに、祖父母は少々驚いたようだった。

 ただ、環子自身もはげしく人見知りである。なのに朱李に手を引かれると、それを振り払えなかった。

 環子は辰江を振り返る。すると彼女は笑顔で手を振るだけ。

「いいから、遊んでおいで」

 しかたなく、てくてくと同じ位の歩調で進んでいると、途中で朱李が環子の胸元にぶら下がっているお守りを気にしだした。

「それ、なぁに? あったかいオーラが出てる」

「……オーラが視えるの?」

 朱李は頷く。今では想像も付かないほど素直だったのだ。そして言葉遣いも今ほど丁寧ではなかった。

「コレはわたしが生まれた時、手に握っていたんですって。なんなのか分からないけど、持って生まれてきたんだから、意味のある大事なものだって……お母さんが言ってた。あまり人に見せちゃいけないって言われてるの」

 お守り袋に入っているモノに、朱李はかなり興味を引かれているらしく、残念そうにじぃっと見つめている。

 オーラがちゃんと視えている人に会うのは珍しかったし、自分と同じようにあったかいと感じている男の子を喜ばせたいと思ってしまった。

「でも――朱李には見せてあげる」

 門の影にしゃがみこみ、環子は守り袋からそっと中身を取り出した。

 不思議な形の水晶のカケラ。

「……キレイだね」

 朱李がカケラに手を伸ばした時、不可思議な現象が起きた。

 カケラから色とりどりの光が飛び出し、くるくると螺旋を描いて踊りだしたのだ。

 環子は初めてのことに、ただ呆気に取られて光の乱舞を見つめた。朱李も美しい光景に見惚れていた。

 しばらくして舞い上がった光が、くるくるとカケラに戻って、ただの水晶のカケラになった。

 それを朱李から返してもらい、お守り袋にしまい込む。

「このことはナイショね」

 朱李はこくりと頷く。

 内緒にしてくれるかもしれないが、会ったことも忘れて欲しかった。暗示をかけて忘れてもらうことを前提に、カケラを見せたのだ。

 じっと朱李の目を見つめて念じる。“忘れて”――と。

 しかし、朱李は術にかかる気配はなく、何事もないように口を開いた。

「ヤクソク」

 小指を目の前に出されたので、環子も小指を出した。

「ゆーびきーりげーんまん……」

 ぶんぶんと手を振り回され、「ゆびきーった」でようやく解放された。

「――じゃ、行こう」

 また手をさし伸ばされたが、環子は首を振った。

「やっぱり帰る」

 ぴょこんと立ち上がって、朱李とは反対方向に一歩二歩と歩く。くるりと振り返ると、朱李はぽかんと立ち尽くしていた。

「バイバイ」

 手を振ったら、朱李も手を振り返してきた。それからきびすを返すと、

「またね」

 朱李の言葉が背中にぶつかる。ちらりと振り向くと、にこりとした朱李の笑顔が見えた。

 でも、環子は言葉を返さず、そのまま走り去った。

 

 その後、環子は兄弟たちに会わないよう、慎重に傲乃家を訪れた。

 朱李と接触したのもその一度だけ。暗示をかけられず心配していたが、彼は約束を守ってくれた。

 ――12年後、再会するまで。

 

 環子は初対面のフリをした。

 朱李は初対面という顔をした。

 子供の頃、一度会っただけの女の子を覚えているわけもない。それでいいと思っていたのに――

 “思い出してくれた”。

 勝手なものだが、何故だか気持ちが温かくなった。