覚醒(1)

「クロちゃーん!」

 真白がまっさきに飛びついた。

「大丈夫!? クロちゃんが倒れるなんて鬼のカクランだよ」

 腕を取って揺さぶる真白に、黒恵は少し笑ってみせる。

「なんだよ、それ」

 そんな姉弟の傍から離れようとした環子の腕を、朱李は掴み上げた。炎を宿したような瞳が環子を睨んでいる。

「キミは誘拐犯の一味なんですか!?」

「……違うわ」

 視線を合わせない環子に、朱李は握る手に力を込める。

 環子は唇を噛んで痛みに耐えた。

「朱李、手を離してやれ」

 兄の命令に、朱李はしぶしぶ従う。解放された腕を、環子は無言でさすった。

 険しい眼差しのまま、今度は青嗣が環子に詰め寄る。

「キミがここのことを知らせて俺を見送った。なのにキミもここに来たのは何故だ?」

 この状況はどういう意味を持つのかと。

「それは……」

 環子はあらぬ方に視線を飛ばす。ガラスのような瞳で。

 時々見せる表情だ。目に見えない“何か”を視ているのか、感情を押し殺しているのか。

 

 環子が口を開きかけた時、ばたばたと扉の外に人が集まってきた。護衛の男たちだろう。

「追い詰められちゃったわね」

 切羽詰った響きもなくつぶやく環子に、朱李の視線が突き刺さる。

「始めからそのつもりだったんですか」

「ちが……」

(違うよ、ちぃ兄、環子は助けてくれたんだ!)

 そう言いたかったのに、黒恵は息苦しくて言葉をとぎらせた。

「クロちゃん? 苦しいの?」

 真白が覗き込んでくる。

 胸を押さえ込んで蹲りかける黒恵に、二人の兄も駆け寄ってきた。

 

 ――なんだろう。変なんだ。

 

 環子が胸元にしまい込んだ水晶のカケラ。あれから“力”を感じる。

「黒恵!?」

 いぶかしむ環子も、自身の胸元に異変を感じた。

「……熱い……?」

 バァンと力ずくで扉が破られる。先頭の男たちは警棒ではなく、今度は銃を構えていた。それを青嗣が迎え撃つ。

 片手を振りかざすと、奔流のようなエネルギーが、男たち数人まとめて吹き飛ばした。

 青嗣の能力は念動力。身体から放出される、目に見えないエネルギーが、物を、人を動かす。時には重力にさえ逆らって。

 難を逃れた男の一人が恐怖に慄き、引き金を引いた。弾丸の軌道には黒恵が!

 青嗣がとっさに腕を振るう。彼の念動力で弾道が反れた。

 その行く先は――

 環子が前のめりに倒れる。その胸元から光を弾くカケラがこぼれた。

 

 黒恵の意識は、ここでぷつりと途切れてしまった。

 

 

+++++

 

 

 環子――

 

 呼んでいる。誰が?

 

「環子!」

「環子ちゃん!」

 

 誰よ、痛いじゃない。傷に響くから揺さぶらないで――て……傷を負っている!?

 

 ゴウゴウと風が唸っている。

 寒い! 風がうるさい! それにさっきから痛んだってば!

「環子!!」

「――うるさ……」

 ぱっと目を開けたら、朱李の顔が目の前にあった。でもとたんに視界がふさがれる。

 なに!? なになに?

「環子ちゃんが生きてるぅ」

 ほっとした真白の声が聞こえた。

 生きてるって何? まるで死んでたみたいじゃないの!?

 それに――朱李の腕が巻きついている。熱い身体。耳元にかかる熱い吐息。

「――よかった」

 彼の胸元にぎゅっと抱きしめられていたのだ。苦痛に耐えるような朱李の顔が、数センチの至近距離にある。

 いまいち状況が飲み込めなくて、環子は成すがままだったのだが、周りが見え始めてくると、だんだんこの抱擁が耐えられなくなってきた。

「朱李、……苦しい」

 腕を乱暴に掴まれた時は文句を言わなかった環子だが、今回は圧死させる気かと思わず疑うくらい、両腕の力が強かった。

 我に返った朱李が力を抜いてくれたので、ようやく呼吸が楽になった。楽になったとたん、ごほごほと咳き込むと同時に胸に痛みが走った。

 なにがあったのだろうか。

「本当に良かった。てっきり弾が当たったと思ったから」

 真白の言葉に、やっと何があったのか思い出した。

 

 確かに弾道が反れた銃弾は環子の胸に当たったのだ。しかし、銃弾は環子の白い胸を貫かず、別の何かに当たって弾かれた。

 何に当たったのだろうと、探るように手を胸元に当てる。とたん、異変に気づいた。胸元の服が大きくはだけられていることに。

「あっ、それシュウちゃんがやったんだよ」

 真白はお行儀よく、環子の胸元から視線を逸らしているが、兄の犯行を告げ口した。

 なるほど、それで撃たれていないことが判ったのか。

 少し慌てて朱李が弁明する。

「誤解しないでください。傷を調べるためだったんですから。ヨコシマな感情はありません」

「ヨコジマ?」

「よこしま!」

 兄弟の掛け合いは無視して、環子は自身の胸元を点検する。

 道理で寒かった訳だ。それにこの風の強さといったら。銃弾で裂け、ボタンがちぎれてしまった服の隙間から寒風が染み込む。

 覗き込んだ左胸には、内出血で赤黒いあざが出来ている。水晶のカケラを、ブラジャーの左側の裏に忍び込ませていた。その場所だった。

 一応、朱李の弁明を聞き入れて、破れた胸元の服をかき合せる。

「――あれから何が起きたの? 黒恵は?」

 微かに頬が赤らむ朱李は真顔に戻った。

「……なに?」

「あそこです」

 朱李の白くて長い指が指し示す方向には、巨大なエネルギーの渦がとぐろを巻いていた。

 それに立ち向かう青嗣の後姿。

 

 鎌首をもたげるエネルギーの中心に、黒恵が膝を抱えて蹲っていた。