真白

「――だからって別に訳なんて教えてもらわなくても結構よ」

「まあそう言わずにさ」

 すたすたすたと、足早に環子と黒恵は二人揃って下校途中、ちょうど中等部に差し掛かった時。

 

「どいて・どいて・どいて――――!!」

 

 塀の上から威勢のいい声と、小柄な人影が降ってきた。

 勢いの割には足音も立てずに着地した少年は、色素の薄いサラサラの髪の下から覗く、大きな澄んだ瞳で二人を見上げる。

 少年……いや、美少女の間違いか。

「あ、クロちゃん……と環子ちゃん、こんにちわー。じゃ、そーゆうことでバイバイ!」

「真白っっ」

 言うが早いかあっという間に真白の背中は小さくなった。陸上短距離選手が悔しがるほど。

 

「なんなんだ、あいつ」

「あら、なんか団体で来たわよ」

 中学生の男女五人組が、必死の形相で駆け寄って来た。

「真白クンったらー、何でそう逃げ足が速いのーーー!!」

 真白の逃走の理由は、追跡を諦めた彼らが教えてくれた。

「あ、クロエ“お兄様”、こんにちわー。真白クンにぜひ我が校のミスコンに出場して欲しいんですよー。絶対優勝間違いなしっ!! もう制服だって準備完了! カメラだってOKなのに!」

 説明してくれたのは顔に気合の入った女の子。

 

 ――なるほど、それじゃあ逃げるな、あいつ。

 

 黒恵は真白の性格をよく分かっている。

「そりゃ無理だって。真白はそういうの嫌いだし。それにあんまり無理強いすると嫌われちゃうよ?」

 その言葉に、がーんという効果音が似合いそうな表情になった彼ら。

 そんな彼らに構っていて、はたと気づいた。一緒に居た彼女はどうした?

「環子!」

 既に遠く歩み去ろうとしていた環子の背中に声を掛けるが、彼女はちらりと振り返って手を振って立ち去った。

「あーあ」

 また明日がある――黒恵は何の疑いもなくそう思っていた。

 

 

+++++

 

 

「クロちゃん、おそーい!」

 かなり先にやって来てしまった通学路の途中で、真白は姉の黒恵を待っていた。黒恵の脚ならそんなに待たずに一緒に帰れると思ったのだが。

「違う道、行っちゃったかな? 環子ちゃんもいたし……」

 踏ん切りを付けるとさっさと家路に着く。もたもたしてクラスメイトに追いつかれるのはひどく間抜けな話だ。

 閑静な住宅街、和モダン風な古い一軒家が真白たち傲乃一家の住処だった。

 帰宅一番乗りの真白は、テレビを付けてみたが大して面白くなかったので消して、あちこちうろうろしていた。

 何だかひどく落ち着かない。

「クロちゃん、おそーい。ツマンナイ」

 こんなことなら友達と遊びに行けばよかったと後悔しても始まらない。ミスコンに出ろと煩い連中からさっさと逃げてきたのだから。

 美少女コンテストなどもう二度と出るもんかと、硬く決心していた。スカートを穿く趣味は無い。

 

 1時間後、まだ黒恵は帰らない。

 

 ――今日の夕食当番はクロちゃんなのに。

 

 現在兄弟四人だけの生活だが、祖父と同居している頃から食事の準備は当番制を取っている。買い物をしたとしても、通学路の途中にあるスーパーでいつも済ませているし、色々物色するような姉ではない。

 携帯電話は連絡が付かなかった。

 

 ――きっともうすぐシュウちゃんが帰ってくるだろうし……

 

 相談して探しに行こう、そう思った矢先、家の電話機にFAXの受信音が響いた。

「?」

 傲乃兄弟は、緊急事態を想定して、全員携帯電話を持ち歩いている。

 だから個人宛の電話は大抵ケイタイにかかってくるので、イエデンは滅多に使われていない。

 

 ちりちりとうなじがざわつく。

 ものすごく嫌な感じ――――

 

 吐き出された紙面の文章は簡潔だった。

 

 ***

 件名:緊急

 本文:黒恵が誘拐された模様。

 犯人を追跡中。追って連絡を待て。

 ***

 

 会社などで使うひな型の書面に、走り書きした手書き文字。

 隅に記載されているだろう送信元は――とあるコンビニ。がっかりだ。

 悪戯である可能性も高いが、この朴訥とした文章が違うとカンが言っている。

 少しだけ逡巡して、真白はこの内容を兄弟たちにメールで知らせようと、携帯を取り出す。

 

 カタン――――物音に真白は飛び上がる。

 いつになく緊張していたのだ。

 

「どうしたんですか、真白」

 いつもと様子が違う弟に声を掛けたのは朱李。

 真白は兄が帰ってきたことにも気付かなかった。

「シュウちゃん!! これ見て!!」

 礼儀に厳しい朱李に、お帰りなさいというのも忘れて飛びついた。