疑惑

 指定された倉庫街か、内藤邸かの二者択一。

 少しだけ悩むように目を閉じた青嗣が決断した結果は――

「どこから入りましょうか」

「お宅訪問は玄関からだよね」

 次男坊の問いかけに答えたのは、高揚した笑顔の真白。

 ここは内藤邸。

 大正ロマンあふれる外観の和洋折衷の屋敷を眺め、青嗣は肯定するように頷き返した。

 これからひと暴れすることになって、少々傷めてしまうことを予想し、青嗣は少し惜しく思う。

 きっちり年齢順に並んでいる兄弟。その背後を、物陰から窺う視線がある。

「まだ見張ってますね」

 軽く息を吐きつぶやく朱李に、「ほうっておけ」と青嗣の回答は短い。

 追跡者が内藤一派なら、思わせぶりに誘いをかけておいて、ちょろちょろと様子を窺うような小心者だということで底が知れる。違う組織の者であっても、今は相手にしている場合ではない。

 それに――環子の忠告がひっかかっている。

 

 ――黒恵はどうやって拉致された?

 

 傲乃兄弟四人は常人ではない。

 普通の人間にはない能力を有している。それは異能とされる力と、身体的力。黒恵もそうだ。

 黒恵は最近まで男として育てられていたが、本来の性別は女。

 生まれたばかりの頃、虚弱で生死の境をさまよう事が度々あり、それを案じた祖母が、夫の故郷の風習を取り入れ男として育てよう、そう提案した。

 根拠のない習わしに従うのは若干抵抗があったが、事実、黒恵はその後病気一つせず健康に育った。今では自分の性別を忘れ、ケンカ好きの男前に成長している。

 そんな妹も、幼かった頃は床に臥すと、神がかりな様子を見せたりしていた。

 

 ――そういえば、元気になってから一回もないな。

 

 ラチもないことを思い出して、青嗣は苦笑を浮かべる。

「兄さん?」

「いや、攫った連中も苦労したんじゃないかなってね」

 大の男でも、一人では黒恵をおとなしくさせることは無理だろう。数人で取り押さえたのか、それとも……

「クロちゃんをおとなしくさせる“魔法”を知っているのかなー」

 揶揄的なことを言う真白に、朱李はしかめ面をしたが、青嗣はまたしても環子の言葉を思い出し、歩みを止める。

 環子にも黒恵をおとなしく拉致出来る“魔法”が分からなかった。だから――

「十二分に気をつけて……か」

「なんですか、それ」

 怪訝な顔で長兄を窺う朱李に、青嗣は神妙な目を向けた。

「俺たちにも“魔法”は有効かもしれないってことさ」

「……魔法……ねぇ」

「FAXの送り主は環子ちゃんだろう」

「…………そうですか」

 一瞬ぎくりとした朱李は、やはりそうかとすぐに頷いた。

「忠告も受けた。俺たちのことを承知の上で対策を練っている相手なら、用心に用心を重ねとかないと」

「で、彼女は?」

「役所を出たところで会ったんだけど、すぐ別れたよ」

 

 青嗣は環子に賭けてみた。

 黒恵の居所は内藤邸で間違いないだろう。だが、それ自体が罠という可能性も捨てきれない。

 意味深なことを告げて去った環子。彼女の行動の基盤は分からないままだ。

 

 環子はある日、黒恵のクラスに転校して来た。

 まもなく黒恵と仲良くなった彼女が、只者ではないことをたまたま知った。その後何度か顔を会わせているが、どうにも性格を掴みきれない。

 

 そもそも出会いは本当に偶然だったのだろうか――

 疑い出せばキリがない。

 朱李は独自に接近して調べているが、成果が上がる前に惹かれてしまっているようだった。

 そろりと同じほどの長身の弟を一瞥する。

 気が高ぶっているようだ。その証拠に肌はより一層白く、唇が紅く染まっている。

 

 ――ミイラ取りがミイラになったって、自覚あるんだろうか、こいつ。

 

 それでもまあ、環子をほうっておけない気持ちは分かる。

 どこか危なっかしい雰囲気があり、つい手を差し伸べたくなるのだ。

 

 もし、ここで環子と会ったなら、彼女はどちら側に立つだろうか。