環子(3)

「――さて。色々訊きたいことが山ほどあります」

「……でしょうね」

 冷ややかに微笑を浮かべる朱李と、へそを曲げた黒恵を前に、環子はまた溜息をこぼす。

 

 大学近くのカフェでは人目が気になりすぎるので、車で少し移動した。車は環子のモノで、運転は朱李がした。

 二人に拉致された状態だが、逃げるつもりもなかった。

 いつかはやって来るだろう、その時、どういう風に話を運ぶかも考えていたのだ。

 本当のことを何も話さず、事件の真相も伝えず、黙って消えたから怒っているのだろう。心底謝れば、黒恵の気持ちは和らぐはずだ。

 しかし朱李は――

 

「怪我の具合はいかがですか」

「……え? 怪我……は“治した”わよ。もう平気」

 氷の微笑を浮かべたまま、怪我の具合を先に聞かれるとは思わなかったので、目をぱちくりさせてしまった。

「それはよかった。心置きなく質問攻めが出来ます」

 うっと詰まる。朱李から冷気が放出されていた。

 注文したホットティは冷たくなっている。銀のスプーンが冷気で曇っていた。

 朱李の美貌につられて近くの席を陣取った女性客たちは、

「ねぇ、寒くない? 暖房を強めてもらいましょ」

 などと話している。それでも朱李は気を緩める気はないらしい。

「――はじめから“僕たち”のことを知っていたんですね?」

「じっちゃんに聞いたんだ」

「……」

 環子はもの言いたげに視線を逸らす。

「本当は大学生なのに、高校生やってたのって、やっぱり……」

 今度は目線をまっすぐ捉えて少し笑う。

「黒恵に近づくため……と言えばいい?」

 黒恵はむっとした顔をした。すぐに顔にでる素直さが好ましい。

「でも編入試験はちゃんと受けたわよ? 黒恵のクラスに入れてもらうために、ちょっと寄付金ははずんだけど。こういうの、私立ならではよねぇ」

 肩をすくめて窓に視線を向けると、ガラスに氷の華が咲いていた。

「黒恵が目的だったんですか?」

 否定の意味で首を振る。それにしても寒い。

「――朱李、もう少し落ち着いてくれない? 他の人たちに迷惑だわ」

 朱李は熱を操る。熱く冷たく、燃やすことも凍らせることも出来るのだ。

 今は心のまま冷気が少々暴走していた。

「メイワク……キミに迷惑を語られるなんてね」

「皮肉でも罵倒でもいいわ。ひどいコトをしている自覚はあるもの」

 視線を戻す。ただまっすぐ、二人を見つめた。

「……何のためにオレたちに近づいたの?」

「…………あなた達の能力を“おばば様”が知りたがっているのよ」

「それで、黒恵の誘拐にも手を貸したんですか?」

「あれは“おばば様”とジンノの企てよ。わたしは知らなかったわ」

 本当に驚いたのだ。でも、なにか違和感があって、それですぐ黒恵を救出せずに跡をつけたのだ。

 内藤が誰から傲乃兄弟の事を聞いたのか疑問だった。それも直接本人に会って聞いて判明した。

 “おばば様”の命令で、“ジンノ”が計画したことだと。

 予定が狂った環子は、その場で本来の仕事の仕掛けを施した。

「あなた達の力を抑制する“魔法の水晶”、アレの効果を実験するために、内藤は利用されただけ」

 

 ――愚かな男。目の前の死神に媚びへつらうなんて。

 

 小さく息を吐くと、白く凍えた。

「ジンノというのは?」

「……親戚」

 ものすごく簡単な返答に、朱李はちろりと環子を睨む。

「――今日の新聞に、内藤正義氏は“急性心不全”で亡くなったと記事が載っていました」

 朱李たちが脱出する時、屋敷から銃声が聞こえた。周辺の慌しさから考えても、内藤自身が撃ったのか、誰かに撃たれたのか。どちらにしろ、穏やかな死に方ではない。それなのに、新聞には数日後、ひっそりと片隅に記事が載っただけ。

 

 これで例の汚職事件の主な関係者が消えたな――

 

 汚職事件関連で証人喚問され、更迭されたばかり。しかしあの余裕っぷりは、天下り先が決まっていたんだろう。

 新聞を読んでいた青嗣がそうつぶやいていた。

 あれから、内藤家からは一切接触がない。

 

「原因不明とか、死因を伏せたい時によく使われるわよね」

 くつりと皮肉げな笑みを環子は口の端に浮かべ、瞼を伏せる。

「そもそもさぁ、“オババサマ”って誰? 環子のなに?」

 黒恵が身を乗り出して、環子の顔を覗く。ごまかされないぞ、という気持ちの表れか。

「“おばば様”は、わたしの曾祖母……ということになってるわ」

「違うんですか?」

 朱李の問いかけに応えようと口を開きかけた時、店の入り口からダークスーツの男が一人入店してきた。それを見咎めて環子は口を閉ざす。

 朱李と黒恵は異変に気づき、背後を振り返る。男はまっすぐ環子の元へ近づいて来た。

 環子は挑むように、男を毅然と睨み上げる。

「……何しに来たの? 最近のあなたの仕事に、わたしのストーカーも追加されたのかしら、“ジンノ”」

 ぎょっとして傲乃兄妹は男を見上げた。結構長身の、がたいのいい若い男で、サングラスをかけている。

 彼らの視線を気にもせず、ジンノは無言で環子に携帯電話を差し出す。

 いやいやながらも受け取ると、電話の向こうで“おばば様”の声がしゃべりだした。

「……………………分かってます。でも…………えっ!?…………」

 ものすごい渋面を作って、環子はケイタイをジンノに放り投げると、そのまま席を立つ。

「環子!!」

 追跡を黒恵に任せ、朱李は会計を済ませて外に出た。後ろからは、のこのことジンノが姿を見せる。

 黒恵が環子を捕獲しているのを視界に納め、朱李はジンノを振り向いた。

「――あなたは……彼女のなんなんですか」

 問われた男は、嘲笑うように口元をゆがめた。

「まるで恋人の男関係を問い詰めるような物言いですね」

 落ち着いた口調が妙に気に障る。朱李は眉間にしわを寄せた。

「俺と彼女は……“ライバル”、とだけ言っておきましょうか」

「どういう……」

 朱李の再度の質問に答える気がないと、ジンノは環子とは逆方向にさっさときびすを返した。

 

 

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 ――どうせなら、もっと竜王たちと親密におなり。御しやすいように――

 

 “おばば様”の声がまだ耳の残る。

 傲乃兄弟のデータはまだまだ足りないということか。でも――

 

 ――御しやすいようにって、どういう意味よ!?

 

 利用しようとしている、そう思っていたが、ニュアンスが違っていたようだ。

 “支配”――

 傲乃兄弟は“竜王の末裔”と考えられている。そして竜樹家は“竜珠”の力を受け継ぐ一族と伝えられていた。

 

 “竜珠”が“竜王”を支配しようっていうの!?

 

 ひどく……例えようもなく、酷い嫌悪感を覚えた。