事件(1)

 ファックスの紙面に目を通して朱李は考え込んだ。

「どう思う? ほんとにクロちゃん帰ってこないんだよ」

 真白が下校の様子を説明すると、朱李は額を押さえた。

「本当なら、その途中で攫われたんでしょうね」

 ただ、環子も一緒に居た、ということが何かしら引っかかった。

「ボクが戻ってみればよかったんだ。……あれ、シュウちゃん、その手紙は?」

 真白が気付かずにいたポストの手紙は、朱李が持ってきたのだが、切手が貼られていないのを見て取って言ったのだ。

「どうも胡散臭いですよ」

 宛名は“傲乃家の皆様へ”。発信者名は無い。

 黒恵が帰らず、不審なファックスにこの手紙。明らかに疑ってくれと言わんばかりだ。

 

 ***

 傲乃家の皆様へ。

 皆様のお力をお借りしたく、突然手紙を差し上げました。

 既にお嬢さんには快く了承を得て、こちらに来て頂いております。

 つきましては、お三方にもご同道願いたく、下記の場所までご足労願えないでしょうか。

 午後6時 ○○埠頭○○倉庫街××

 ***

 

「慇懃ですが、明らかに脅迫ですね。埠頭の倉庫街? なんの捻りも無いありきたりの待ち伏せ場所ですが、一体何時この手紙をポストに入れたのか……」

 朱李の表情には侮蔑の色が現れていた。

「ボクたちがいない間に入れておいたんじゃない? ほら、最初からクロちゃんを誘拐する予定を立てていたら、問題ないよね。それに“お嬢さん”なんて書いてるし。こう言うのもなんだけど、クロちゃん見て、お嬢さんなんて言葉が出てくるかなぁ」

「失礼ですよ、真白。黒恵はちゃんと女の子です。でもそうですね、それで納得いきます。さて、問題は指定の場所に素直に行くかどうかですが……。とにかく兄さんに連絡を入れましょう。行動はそれからです」

「うん、そうだね。ねぇ、このファックスと手紙は別の人だと思う?」

 両者は文体が違う上、内容も異なっている。

「そう見るのが自然ですが……」

 朱李が言いかけている時、またファックスを受信した。

 

 ***

 件名:追申

 本文:○○区○○○町×××-× 内藤邸。

 ***

 

「手紙の指定場所とは違いますね。……一体誰なんでしょうか。さっきのファックスとは違う場所からの発信ですし」

 こちらを混乱させる作戦かもしれない。そう思うのは穿ち過ぎだろうか?

「この内藤って誰だろ。シュウちゃん、知ってる?」

「――いいえ」

 何故自分たちに狙いをつけたのか。

 兄弟たちが常人にはない力を持っていることを知ってのことか。

 それとも、知っている誰かに聞いたのか――

 ともかく、誘拐犯を突き止めれば判る事だ。

 朱李は長兄の青嗣に、わざと職場に電話をかけて連絡した。緊急だと匂わす為に。

 午後4時過ぎ。どうせもう少しで退社時間だ。

 そう、5時の退勤時間から6時の指定場所は、ちょうど間に合う時間だろう。全て予定されていたという事か。

 朱李の整いすぎた顔は、怒りでますます凄みを増し、真白も緊迫した凛々しい表情になっていた。

 今なら誰も女の子扱いはしないだろうが、残念なことにその顔を拝める幸運な者はいない。

 

 二人が長兄と示し合わせた場所に出かけた後、その跡を追跡する影が一つあった。